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netpoyo広報ブログ

ネット文化を探求する同人サークルnetpoyoの広報ブログです。

#bunfree ねとぽよ2号掲載の漫画を一部公開! 〜ソーシャルが「バカ」だと、ドラマが生まれる

パックス・ネトポヨーナ。最近がちぽよちゃんモードが人気急上昇中で、ほくほくしてるねとぽよちゃんです。でも、これは文フリ仕様なので、5/6以降はああいうことを喋るのはやめますぽよ。

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さて、今回の文フリで発表されるねとぽよ2号では、創作を2本掲載しています。そのうち1本は小説、1本は漫画。どちらも、ねとぽよがやるからには、もちろんインターネットにまつわる物語です

皆さん、普段読んでる漫画や小説に出てくる人間たちが、あまりにネットを使わなさすぎて驚くことはありませんか?「いや、それって最近の人ならネットオタクでなくてもその場でググって終了でしょ」とか「この漫画の世界にはインターネットが存在しないのかしら」とか思うことって、きっと多いと思います。

一方で、インターネットを扱った作品となると、今度は突然「そんなエンジニアで大丈夫か?」というような技術屋が出てくるハッカー映画とか、あるいは出会い系と便所の落書きくらいの「いつの時代のイメージですか?」と呆れたくなるような貧困なネットのイメージが描かれてる漫画だったりして、これもいただけない作品ばかりだったりします。

もちろん、中には尻Pの『南極点のピアピア動画』や、あるいは百合姫3月号に載ってた大沢やよいさんの漫画『ブラックヤギーと劇薬まどれーぬ』みたいに、ネットがある社会の中で生きている人々を地に足の付いた形で描いてる作品はあるのですが、それは本当に少数です。

 

でも皆さん、もっと私たちの知ってる「本当のネット」——いや、私たちの知ってる以上に「本当のネット」が描かれた物語を読みたくないですか?

ねっとぽよくたちは、それを読みたいです。TwitterFacebookがあるからこそ、生まれてしまう物語。2ちゃんねるニコニコ生放送があるからこそ、生まれてしまう物語。あるいは、怪盗ロワイヤルやピグだからこそ、生まれてくる物語。それは、きっとあるはずです。いや、実はそれを既に私たちは体験しているのです。始まりと終わりのある虚構の物語として、それを表現しようとしないだけで。だから、私たちは、私たちの読みたい、私たちのネットの物語を、日々ネットの中で呼吸してる人たちに想像力を駆使して描いてもらうことにしました。

また、フィクションとして描くからこそ肉薄できるリアリティというものが、この世界には存在しています。それもまた、インターネットの同人誌たるねとぽよが、今回創作を掲載しようと考えた理由です。新聞王ハーストという個人をフィクションにしたことで、オーソン・ウェルズは20世紀初頭のある現実を一つの構造としてフィルムに焼き付けました。同様に、私たちはTwitterやピグのようなアーキテクチャをフィクションにすることで、21世紀初頭のネット社会に迫真することができるかもしれません。

とまれ、ねとぽよ2号で掲載される二作は、ネットがある私たちの社会で、どんな風に物語が紡がれていくのかを、作家さん達が一生懸命に考えてくれた成果の結晶です。今日紹介するのは、そのうちの一つ。某大手ネットメディアで記者として活躍している山田胡瓜さんに描いていただいた、ソーシャルメディアと「死」にまつわる漫画作品です。

 

それでは、本人からの紹介をどうぞ!

 

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【執筆者:山田胡瓜】

ネットは今、ソーシャル花盛りです。このブログを見にくるような皆様方は、FacebookTwitterGoogle+、どれか1つは使っている人がほとんどなんじゃないでしょうか。さらに最近はLINEといったメッセージングアプリもソーシャルサービスとしての存在感を高めてます。

 

どのソーシャルサービスも、ユーザーのソーシャルグラフ形成をサポートしようと、あの手この手で攻めています。一昔前のネットの“つながり方”というと、友達からIDを教えてもらって登録するといった、手作業的なものが主でした。ところが最近は、APIを公開して他のサービスやアプリと連携したり、アドレス帳のデータを吸いだしたりと、いろんな方法でユーザーの趣味嗜好や人間関係を推測して、サービス側が「こいつに友達申請したら?」と勝手に友達候補を推薦してきます。詳しい仕組みは知らないのでデタラメ言ってたらすみません。でもこれ、そうですよね?

 

いろんな物事に当てはまることですが、仕組みが高度になるになると、「〇〇したら△△が起きる」というのが、頭で考えてもよく分からなくなってきます。しかもソーシャルというのは自分1人で完結しないから、余計に複雑。何も情報を提供していないつもりでも、誰かが自分の情報をサービス側に提供していたりして「何で知ってんの?」みたいな友達候補が出てきたりもするわけです。設定を変えれば「おせっかい」しなくなる場合もありますが、そういうの正直面倒ですよね。おせっかいのおかげで便利なこともたくさんあるし、「なんだかよく分からないけどこの流れに身を任せてしまえ」って、なっちゃったりします。

 

こういう「カーズは考えるのをやめた」状態に突入すると、サービスのアルゴリズム側にはぜひとも「空気を読んで」ほしい……のですが、これは人間でもデキる人とデキない人がいるぐらいの高度な技です。まして、得られる情報の限られたソーシャルサービスがホイホイと実現できるわけがありません。結果、忘れたい人、絡みたくない人がヒョコッと現れて、「何してんだバカッ!」って事態が起きます。

 

サービスが高度に、スマートになったからこそ、こういう「バカッ!」って言いたくなることが起きてしまう――難しいもんですね。ユーザーのリテラシーが高ければ避けられる、あるいはリスクを覚悟して使うべき、という意見もあるでしょう。でも、そうそうみんな思慮深くないっすよね。“バカ発見器”ともいわれるTwitter見てると、そう思います。僕も結構、ワケ分からずネットサービス使っちゃってたりする面ありますし。

 

さて長々と考えを書いて何が言いたいかというと、こういう何が起きるか分からない、KYに何かがブッコまれてくる状況を「物語的にはオモロイ」と思って描いたのが、今回の漫画です。空気を読まないソーシャルサービスに、ときにビビり、ときに泣き、ときには「空気読まないでくれてありがとう」となることも、あるんだろうなと考えて、描きました。

 

作品に比べて、現実の類似サービスはもうちょっと賢いかもしれません。こうしてる間にも、現実のサービスはどんどん進化しています。でも「ねとぽよ」を配信する5月6日の時点では、まだ時代遅れな話じゃないと思います。16ページの短編で、サラッと読めると思いますので、よかったら読んでくださいませ。

 

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作品の中盤までが、ニコニコ漫画にて公開されています↓ 

バースデー バースデー(プレビュー版) - ニコニコ静画 (マンガ)

上のリンク先を読んで続きが気になった方は、5/6の文フリで「ねとぽよ2号」をどうぞ!